Happy Life ~あなたにはあなたの人生~

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リセットではなく、踏み越えていこう

2016/03/30 Wed

人生はまったく後悔の連続で、
日々、大きな後悔やら小さな後悔やら


厚着してくれば良かった、
傘を持ってくれば良かった、

そんな日常の取るに足らないことから始まって

あんなこと言わなきゃ良かった、
言い返せば良かった、

なんて、負けん気で悔しがることもあるし

もっと勉強しておけば良かった、
もっと親身になってあげれば良かった、
なんで傷つけるようなこと言ったんだろう、
なんでこんな道を選んできたんだろう…

人生の岐路に立たされるような大きなことまで

人は日々、選択に迫られていて
そしてどの道を選んだとしても、
これがベストだった、と言い切れることはなかなかない、
だって、もう一方の道を選んだ自分は想像するしかないから…

だから、これで良かったんだよ、といくら自分に言い聞かせても
心の奥底で残る、チクチクした思い、
それを後悔と呼ぶとしたら
後悔のない人生なんてありえないでしょう

それを乗り越えようと、ひとは時に一大決心をして新たな道を踏み出す
受験だって留学だって転職だって起業だって、
今の自分から抜け出そうという思いが強ければ強いほど
大きなバネにもなる


以前も書きましたが、
私は暗い暗い中学時代を過ごしました
同級生が誰もいない高校へ進んだ時に、
それこそ一大決心をして、自分を奮い立たせました

人前で話すのも苦手で大のあがり症なのに、
積極的に同級生に声をかけました
きっとみんな、新入学で心細いのはいっしょ、
と思ってハラを括ったのです
大げさだけど、そのくらいの思いがなければ
なかなかひとに声をかけるのも難しい性格でした

その結果かどうかはわかりませんが
孤立するひとはなく(たぶん)
行事も盛り上がり、まとまりのよいクラスになりました

その時、気づいたことは
自己満足であっても、自分は変えられる、ということでした
中学時代の暗い自分、他人から受けた傷も、
その痛みがわかるからこそ、
ひとりでいるひとに声がかけられる

残念ながら、ちょっとやそっとじゃ性格は変えられません
それは思考のクセが染み付いていることもあるし
それこそDNA的なことだってあります

だけど、それとは別に、
行動は変えられます

出不精で外が嫌いであっても、出かけることはできます
電車の中でお年寄りがいて、
声はかけられなくても、さっと席を立つことはできます

だから、人生はリセットじゃない
問題に向き合って乗り越える、なんて構えなくたって、
今までのダメな自分やイヤな過去を踏み越える、
そんな意識でいいと思うのです

少しのことでくよくよするタイプのひとがいます
それは外からではわからない
じっくり話してみて初めてわかることで
そうは見えないから損をしているひともいます

だけどひとはこうして、大なり小なり後悔の連続
ひとがどうこうじゃなく、
くよくよする自分を当たり前と受け止めて

じゃあ、どうしようか、
どうせくよくよするんだから、行きたい方へ行ってみようか、
って、開き直ってもいいんじゃないでしょうか

かくいう私自身、日々後悔の連続で、
トシを重ねるほど、
大昔のイタイ行動まで思い出されて心が塞ぐことがあります

若気の至りだったなぁ、と、その時々は精一杯だったはずでも
正義感だけで突っ走った自分を恥じることもあります

だけどその恥と後悔は、誰に向けてのものなんでしょう
確かに知らずにひとを傷つけることは多いものですが
逆にこちらが大いに気にしていても
相手は全然覚えていなかったり、相手にさえしていなかったり
ひとにはひとの人生があって、
そこまで私の些細な気がかりや後悔に関わっちゃいないんです

だから、恥や後悔にとらわれることはやめて、
否、やめられっこないから、目を背けて、あるいはフタをして、
自分に対して厚かましく生きましょうよ

大物俳優や売れっ子芸人が、本番前に不安になって震える、
なんて話もよく聞くところです
自信なんて本当は誰だってないんです

誰かや何かと比べることをやめて、
厚かましく生きる、
それは決して誰かを傷つけたり踏み台にすることじゃなく
自分自身に遠慮なく生きるということです

恥や後悔でくよくよして思うのは、
それでも生きている自分を認めてあげなくちゃ、
自分くらいは自分を認めてやる、ということ

痛みがわかるものからしか
生まれない優しさもある

自分に優しく、生きていきましょうよ


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もらうばかりでない生き方を

2016/02/28 Sun

だれだって、お得になることは大好きで
クーポン券にアプリ割引、ポイント加算に会員割引、
知らなきゃ損することが多くて
通常料金を支払っているヒトの方が少ないかも

そんなお買い物事情以外でも、
子どもを保育園に預けるときには
正社員だと控除額が少なくて料金が高くなりがちで
確定申告で経費を計上している場合はなにかとお得だけど
あんまり収入を少なく申告すると
ローンなどを組むときには不利になる…

などと、身近な生活でいろんな損得勘定が存在しますよね

実際に我が身を振り返れば、
ハタチで働き始めた頃から、いわゆる自由業で白色申告、
経費はパーセンテージが認められた頃だったので
長らく還付金をいただく立場

子育て中に離婚してからも、
ひとり親の受けられる制度を教えてもらって
児童扶養手当から水道料金の割引、福利厚生の旅行まで
幅広くお世話になり通して、子育てを終えたものです

その間はほかにも、
就学援助や私学助成金、給付型の奨学金、
補助金をいただきながらの就労プログラム参加など
本当に多くの公的な援助を受けてきました

それは、確かに認められた権利ではあるけれど、
当たり前の権利、ということではないと
終わった今、しみじみと思っています

引っ越して税務署の管轄が変わったとき、
パーセンテージが認められずに、厳しい指導が入りました
アドバイザーだった青色申告会の女性が言った言葉が忘れられません

いつか税金を払う立場になれるよう、頑張りましょうね

目からウロコが落ちるとはこのことでした
節税節約と目の色を変えて、
経費のためなら、家事按分とのぎりぎりの領収書も集めていた当時、
個人事業主であっても、社会的な立場として売上を上げて、
しっかりと税金を納める側へ回る、

そんな当たり前の成功を目指すことを忘れて、
否、まったく考えてもみないで
お得に済ませることに汲々として
損得勘定で生きていたんですよね

制度を知り、利用することは大切です
私はその後も、東京都のチャレンジ支援や母子支援金などを利用し
息子は私立大学を出ることが出来ました
(今は息子のお給料から、せっせと返済しています)

たくさんの制度を利用し、恩恵にあずかりつつも
それを当たり前と思うのではなく、返す側に立つことを目標にする、
そのモチベーションは、上昇志向につながります

もらえることを当たり前と思い始めると
はっきり言って、横柄になります
もちろん、そんな人ばかりではないとは思いますが
心のどこかで、もらえないならやらない、という本末転倒、

勉強のためスキルアップのため、と高額をつぎ込んで
ちっとも身につかなかったものもありますが
支援であるからこそ、無駄にしない心構えも重要になります

もらって当たり前、から、もらったからこそ応える、頑張る、
そしてお返しする

社会に与えてもらったことを
社会に貢献して返していく
そんな循環を正しく稼働できれば
負の連鎖はなくなるはず、と、人として信じたい

家が貧乏だから大学へ行けない、とか、
お金がないから夢を諦めた、とか、
言葉にするのは簡単だけど、本当はそうじゃない

それはただ、諦めた理由付けにすぎなくて
自分自身への言い訳でしかないんです

私の仲間には、新聞奨学生で頑張った人が多くいます
自分の置かれた立場や育った環境を恨まず、
自分の持てる力を最大限に発揮して、自分の今を生きる、
その結果が、夢につながっている

そんな夢を実現した人をたくさん知っています

もらえるものはもらおう、
じゃなくて、
そこから一歩踏み出して、
もらったものは、それ以上に返そう
と、志をたかく、
誇りを持って、今はもらおう

たくさんたくさん、与えてもらった私は、
どれだけ頑張ったら社会に還元できるのかはわかりません
遠からずまた、年老いてお世話になる側に回るかもしれないし

それでもやっぱり、元気な今こそ、
たからず、卑下せず、上を向いて進んでいこうと思っています

自分はもらってないよ、なんて思っている人だって
ひとりで生きている人間はいないんだし、
きっとだれかになにかを与えてるんですから



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相談できるくらいなら、こんなに苦しまない

2016/01/09 Sat

始業式のタイミングで、
中高生の自殺が多いとニュースになっています

新学期の教室に入るのが辛い、学校へ足が向かない、
その苦しみはいかばかりでしょう
大人だって、会社に行きたくない、同僚に会いたくない、
そんな人も少なくないはずです

そんな人たちが、どんな気持ちで年末年始を過ごしたのか
家族の温かみに触れて、なおさら現実世界に戻りたくなくなったのか
そんなことを思うと本当にやり切れません

こんな現実を憂うニュースに、コメンテーターが、
  私たちは何ができるのでしょう、
  とにかくまずは相談してください、
というようなことを言っていました

いやはやそれを聞いて、
  相談できるくらいなら、こんなことにはならないんだよっっ
って、思いっきり突っ込んでしまいました

今、おとな、だという人たちは振り返ってほしい
自分が中高生の頃、親に相談なんてしましたか
もしなんでも話して、相談して、解決していたなら
どんだけあなたは素直な子どもだったのでしょう

例えば友達関係のこと、好きな子のこと、学校のこと、
将来の夢や空想、体調のことだって、私は親に言わなかった
言うとしてもそれは、仕方なく進路の相談とか先生の愚痴とか、
とてもなにかを相談するというレベルの話ではなかったはずです

確かに今の時代、友達親子みたいな仲良し関係が増えていても
子どもが全部本当のことを親に話しているかなんてわからない
むしろ心やさしき今の時代の子どもの方が、
親を慮って、例えばいじめなんて簡単には口にしないでしょう

相談、って、簡単なことじゃないんですよ
おとなだってそうでしょ
特に日本の場合は、カウンセリング文化には程遠い
内に秘める美徳は、もはやDNAレベルの話だと思います

だから簡単に、相談しなさい、なんて
言ってほしくないし言われたくないよね

しかも相談して解決なんてしないじゃん、
なにをしてくれるの、って、
クールな思考がますます本人を追い詰めるとしたら
解決への選択肢にはならないのです

じゃぁ、どうすればいいのか、
なんて、本当はどうしようもない
おとな、は、手を拱いて見ているしかない??

いえいえ、実際には、おとなは見る以前に、気がつかない

気づいているなら、相談以前に向き合えばいいことだから
お節介がられてもうるさがられても、そこは命がけで向き合う
それが周囲のおとなの本能だから、本気で向き合う
そうなったときに、子どもは救われるんです

だけどあいにく、子どもはそんな姿を簡単には見せないし
あとで、あれがSOSだった、なんて言ったとしても
見極める余裕がないおとなを責めることはできません

だからね、おとなは、
子どもたち自らが抜け出す手助けをするしかないのです
その苦しみは自分だけのものじゃない、ってこと、
その苦しみは永遠ではない、ということ、
人生のほんの少しのときをやり過ごせば、
そこにはちゃんと自分の人生がある、ということを、
ちゃんと教えていかなくちゃいけないのです

それは決して、言葉でとか手取り足取りではなく、
多くの良書に触れる機会を持たせる、
たくさんの芸術を知る、
自分の知らない広い世界を見せる、

つまり、
  想像力を育む
ということに尽きると思っています

自己肯定感の低い日本人は、狭い世界での調和ばかり求めがちで
そこにそぐわない自分を責めてしまいます

でも、広い世界に目をやれば、自分がおかしいのではない、
ってことがわかるはずです
頭での理解ではなく、感性で知ること

思い切って入った相談室で、
教科書で学んだトンチンカンな答えを出されるより
ピカソの絵の前で隅々まで見てときを過ごす方が、
トルストイの本を一冊読み通す方が、
あるいは、捨て猫といっときを共に過ごす方が、
どれだけ人生のヒントを得られるでしょう

私自身、相談室という看板をあげていますが
それはもう下ろすつもりでいます

もともと長女の学校のスクールカウンセラーに失望し
自分で学ぼうとメンタルケアの資格を取りましたが
相談、っていうことに違和感があってなりません
傾聴しかり、ひとは背中を押してほしくて「相談」するのです
ぶっちゃけ、だから日本人にはカウンセリングよりも
「占い」の方が向いているかもとさえ思います

中高生がもしこれを読んでいたら、心にとめてください
おとなになると時間の流れが変わります
恐ろしい変化です

あなたの長くて苦しい一年は、
おとなには悲しいほどに早い一年なんです
あなたが早くやり過ごしたい日々は、
おとなにはもう一度やり直したい愛しい日々なのです

生まれてきたこの人生、
与えられ全うできる時間は皆違う
だけど、その人生の主役は自分だし、
それを投げ出す権利はないのです


あなたが死にたいと思った人生を
代わりに生きたいと切に願うひともいる

以前も書きましたが、繰り返します


  お前が無駄に過ごした”今日”は
  昨日死んだ誰かが
  死ぬほど生きたかった
  ”明日”なんだ
      (出典はfacebook拡散なのでよく分かりません)


この言葉は、確かに毎日を無駄にしてしまってる自分への戒めであり、
死ぬほど苦しむひとへの、生きるべき道標だと思っています


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生まれてきたことの意味を求める前に

2015/12/31 Thu

世の中はクリスマスやら大晦日やら正月やらと賑やかでも、
賑やかだからこそ、孤独感を深める人たちも多くいることでしょう

本当に身寄りもなく物理的に孤独なひともいれば
家族もいるのに孤立して精神的に孤独なひとも多いでしょう

日本人は自己肯定感が低い、と、
丸2年前、14年1月の記事で書きました
http://happonta.blog55.fc2.com/blog-entry-120.html

その記事でも書きましたが
私も自信のない人間です
ともすればすぐに、自分を責めたり悔いたり、
それでいて、頑固と言われる負けず嫌い…
矛盾をいっぱい抱えた、
つまり、フツーの小さい人間です

自分もひとも励ますつもりで書いた記事だったけど
二年経っても全然進化していない自分に気づきます

それどころか、
この二年で、環境や状況の変化から
ちょっと人間不信になりかねないほど…
そして同時に、自己否定に陥る情けなさ…

だけど不思議なことに、
その都度、何かが私を支えてくれます
あるときは、ぼんやり観ていた映画だったり、
あるときは、遠くから見守ってくれてた仲間だったり、
あるときは、普段当たり前のように接していた身近なひとだったりね

大晦日の今日、大昔のアメリカ映画の傑作
『素晴らしき哉、人生!』を映画館で観てきました

白黒映画でおよそ70年も前の作品なのに
セリフもテンポも古臭さがなく、むしろ今風の早い展開で
思い切り楽しむことができました

アメリカの小さな町で育ったジョージは、
小さな弟を助けるために片耳の聴力を失い、
父親の急死で自分の夢を捨てて会社を継ぎ、
弟に代わって町に残って人生を捧げる…

それは自分で選んだわけではない大きな挫折でもあるけど、
その中で精一杯の日々を送って素晴らしい伴侶を得て家庭に恵まれる

常に正直であり、まっすぐであり、一生懸命である彼には人望があるが
町を牛耳る銀行家には邪魔な存在でもあって、
あるクリスマスイブに、陥れられて二進も三進もいかなくなり
ついに自殺まで考える

ただただ、与えられた場で、精一杯生きる、そこで、善く生きている

そんな彼が、自分の人生に絶望し、
自分など生まれてこなければよかったと口にしたとき、
世界は大きく変わります

子どもが親に向かって、一度や二度言ったことがあるような言葉が
現実になったときの衝撃

馴染みの人々の様子がまったく違うし
町は派手になっているが、人々の表情は暗いのです

これは決して、彼に人望があったから、というだけでなく
どんなひとが一人欠けても世界は違うんだよ、って、
あなたがこの世界に存在することが素晴らしいんだよ、
って、真正面から観客に呼びかけている作品です

自分のいない世界、存在しなかった方が楽だったと
本当にしんどいときに考えてしまうことはありますよね
だけどその結果、救われる命が失われていたかもしれない
両親の顔つきは険しいものだったかもしれない
世界の笑顔が減っていたかもしれない
そしてその逆ではないのです

何度か書いていますが、人生の8割は不幸なんだそうです
つまり、幸せって人生の3割打者にも満たない
不幸で当たり前なら、その中でこそ、善く生きるしかないんです

ひとりでいることが、イコール孤独ではないはず
ひとりでも心豊かに生きているひとはたくさんいます

今ここで、こうしていることだけだとしても
人生は生きるに足ると思えるのは自分自身しかいないから
不幸自慢をすることなく、善く生きてみよう

新年もまた、自分に言い聞かせつつ
このロクでもない世の中を、面白い人生だったと言えるように
泳ぎ切ってみたいと思うんです
(あ、実際カナヅチなんですけどね

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〜愚痴聞き以上カウンセリング未満〜

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仕事は楽しく、だけではない

2015/11/11 Wed

夢見がちな高校生時代、進路調査の希望欄に
『カメラマン』『映画評論家』と書いて先生に叱られました

先生曰く、現実を書きなさい、ということで
そうか、夢っていうのは現実ではないのか、
反抗心とも絶望感とも諦めともつかぬ気持ちになったものでした

それでも結局、映画の専門学校へ進んでから撮影所に入り、
夢、とは程遠い現実にもがき苦しみながら20年近くを過ごし、
足を洗った今では、自分のブログで映画評なんかを書いています

一見夢がかなったかのような撮影所での生活でも
記録(スクリプター)の師匠は真っ先にこう言いました

  好きなだけじゃ仕事は出来ない

そうなんです、こういう世界だから
憧れて入ってくる人はごまんといるけれど
仕事の厳しさや経済的な苦しさで辞める人がほとんど
特に若い女性が埃にまみれて早朝から深夜まで、
安いギャランティで、ときに怒鳴られ、ときに責められ、
メンタルも強くなくちゃやっていけない

そうなると、もう好きとか嫌いじゃなく
やりぬく根性だけの問題なのだと実感しました

先日、映画の編集者たちの集まりがあり
大先輩が若手に言った言葉が忘れられません

  仕事なんだから、しんどいのは当たり前

なるほど〜
どうもひとは、仕事を楽しみたいと思いがちだし、
どうせやるなら楽しく、と思うのは自然なこと、
好きなことが仕事になればなお幸せなこと…

だけど、よく考えて、報酬を得ることは仕事の対価であり、
お金を得るにはプロフェッショナルの責任を伴うのは当然
厳しい結果を要求されて当たり前、
要望以上の結果を出してこそプロともいえる、ということ
これが特に自由業的な仕事に従事していて求められること


多くのひとが、生まれて初めてのアルバイトで
お金を得るということの大変さを知る経験があるでしょう
当たり前に思っていた親の支援に感謝することもあるでしょう

そして現実に自分が働き始めたとき、
仕事で壁にぶち当たったり、人間関係がこじれたり、
いつも体調面でも精神面でも安定してはいられません

リストラや引きこもり、怪我や病気など、働けないひとも多い中
元気で職があるだけありがたい話かもしれません
かといって、精神的に追い詰められてまで、
その仕事にしがみつくことだってないはずだけど

自分に合った仕事かどうかは、案外自分ではわからないもので
私も撮影所に入った当初は現場を目指していたのに、
産後に編集室に入って、天職だと思える出会いとなりました

夢とか現実とかの区別ではなく、
今この場所で、誠心誠意取り組むこと、
それが仕事ということだと思います
そして、取り組めることが実力なのだと思います


実力とは最初からあるものではなく
身につけていくものだから
折れない心を持つために自分を鍛えながら
一歩一歩前に進んでいけばいいのです

嫌いな作業であったとしても、
仕事そのものへの愛情を持って取り組みたい

だって仕事というのは対価である限り、
だれかが受け止めるということだから
そのいっときだけでも、相手のために頑張るべきで
その積み重ねが、
ある日、気づけば長くその道を極めているかもしれない

夢、と言われた撮影所を卒業して以来、
夢を見失って長らく迷走している私が
夢を持てないという若者たちにエールを送りたい
そしてやっぱり、自分自身にもね

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プロフィール

happonta

Author:happonta
28歳のぶっ飛び長女・25歳社会人長男・末娘は家出中に成人したシングルマザーです…>_<…
小学校受験・中高一貫校受験・大学受験を体験、娘の高校中退や更生も体験しています。家出もね…>_<…
サービスディにはいそいそと映画館通いをしています。
我が道を行く55歳☆
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