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Happy Life ~あなたにはあなたの人生~

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それぞれに時がある、踏みとどまるのも勇気

2016/12/04 Sun

子どもの不登校や引きこもりは、
親にとって、とんでもなく重いものを突きつけられる

子ども自身にとって、とは違う意味で、本当に苦しむよね
教科書通りに言えば、
本人がいちばん苦しいんだから、
とか、
本人を変えようとせずに、親自身が変わろう、
とか、
そんなことぁ、わかってるよ、
わかってたって上手くいかないから苦しいんじゃん、
ってね、
開き直ることも必要かと思うんだよね

世間は原因を突き詰めたり、
あるいは、理解のあるふりをしたりするけど
パターンになんてはまらないのが、それぞれの事情だし
それこそが、それぞれの親子の形だと思う

あるお嬢さんが決意したそうで、
転入はしない、家にいる、
おかあさんは、あとは本人の決意と面接と書類程度まで
準備を進めていたから、落胆は確かにあったと思う

だけど、本人がその決意を言い出すのに
どれだけの勇気がいったことだろう
一所懸命考え抜いて、その結論を出したことも、
それをおかあさんに伝えたことも、
それこそが成長の証だと言える

理解のあるふりをする世間だって、
まだまだ、親の甘やかしだとか子どもの我がままとか
知ったかぶりで決めつける人も多いけれど
そんな外野の声に、惑わされることはない

10代の子どもの成長は早くて、
1年前の少女ではないんだもの
彼女自身の人生を踏み出したんだから
もはや親が背負いこむこともない

今が、外へ出る時ではなかった、だけ
だからね、この言葉を贈りたい、

天の下では、何事にも定まった時期があり、
すべての営みには時がある。

生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。
植えるのに時があり、植えた物を引き抜くのに時がある。
殺すのに時があり、いやすのに時がある。
くずすのに時があり、建てるのに時がある。
泣くのに時があり、ほほえむのに時がある。
嘆くのに時があり、踊るのに時がある。
石を投げ捨てるのに時があり、石を集めるのに時がある。
抱擁するのに時があり、抱擁をやめるのに時がある。

捜すのに時があり、失うのに時がある。
保つのに時があり、投げ捨てるのに時がある。
引き裂くのに時があり、縫い合わせるのに時がある。
黙っているのに時があり、話をするのに時がある。
愛するのに時があり、憎むのに時がある。
戦うのに時があり、和睦するのに時がある。

神のなさることは、すべて時にかなって美しい。

神はまた、人の心に永遠を与えられた。
しかし人は、神が行なわれるみわざを、
初めから終わりまで見きわめることができない。

(中略)

すべての営みと、すべてのわざには、時がある


これは、何千年も昔に書かれた旧約聖書の、
伝道者の書3章の一節

ひとは太古から、ちっとも変わらずに悩んでは、求め、
答えを出すために神を認めたのかもしれない

宗教云々じゃなく、ひとの心の普遍な思いは
今もこうして感じ入るものなんだものね

だからきっと、
ウチの、すでに3年を越す家出娘のことも、
いつかその時が来れば…
と、切に願うんでありますよ

なんだかんだ、母親ってものはね、
いつだって自分を責めてしまうのよ
仕方ない、そういう生き物なんだから

だからこそ、それもひっくるめて、
ケ・セラ・セラ、って、前を向いて行こうよね

決意をした子どもたちに、負けないようにさっっっ



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なんでも、母親のせい、なんかじゃない

2016/09/02 Fri

とかく母親ってのは、
子どもの全てを負いがちで

うまく回ってるときは当然、
意識しなくたって自分の子育て自慢したいもんだし
うまくいかなくなれば当然、
目に見えて自分の子育てを責めたりするもんだ

かくいう私自身、
3人の子育てがうまくいってるときには
そりゃあ幸せいっぱいの母親稼業だったわけで
そんな儚い夢物語が続くわけもなく

当たり前の反抗期を突き抜けちゃってる長女の、
とんでもない様々なことが起こってからは
ひとの痛みを知る、ってヤツ

自分がそんな立場に置かれなきゃ
簡単に分かるもんじゃない

特に問題の子どもが未成年、
(たいていはそんなときに問題起こすでしょ)
なんでもかんでも、家庭環境とか、
端的に言えば、母親のせい、なんだ

でもね、
当時はそんな風に言われもしたし思いもしたが、
(一番ひどいのは、警察官に言われた)
なんかもやもやして、
特に、スクールカウンセラーなるものから
一方的に高飛車にやられた日にゃ
いくら落ちている精神でいたとしても、
逆に納得いかずに立ち向かうチカラになったっけね
で、のちに心理学なんかかじるわけ

その結果、
自分がまったく悪くないとは言わないが、
決して自分のせいであるとは思わなくなった

子育てしていれば分かるように、
三人三様、十人十色、
三つ子の魂百までとは思わないけど、
持って生まれた性質は絶対にあるわけで

性癖とかだってその延長だもの
親がどうこうなんて、もしできるとしたら
現実に異性が苦しむことを教えるくらいだよね
ひとを傷つけるのは暴力だけじゃないし、
言葉だけでもないし、いろんな想像力を養うこと、
その手助けをするしかない

ウチの大馬鹿長女に関して言えば
あんなにぶっ飛びで、ホントにバカだが
小さい頃から映画館に連れて行き、
希望したバイオリンを習わせたことは
本人の更生に大いに役に立ったのは真実

だけどやっぱり、
親の力で本人を変えようなんて無理難題、
そんなことができるなら、世界は全然変わるよね
ちびロボットがいっぱいできるだけで
人間不要になっちゃう

ただ、子どもが道を踏み外したとき、
確かに帰る場所はもう、家族の元しかない
家族さえそっぽを向かなければ
またきっと生き返ることができる
ってのは、ウチの長女で身にしみている

だからね、
高畑淳子さんが、涙ながらに言ったこと、
どんなことがあっても、
おかあさんだからね、お姉ちゃんだからね、
っていう言葉は、甘やかしでもなんでもない

母親として、最大最強の決意だし
それをもって、被害者への配慮がないとか
反省がないとか、って、全然違う問題じゃんっっ

逆の立場も考えてみたらわかるよね

自分が子どものとき、
親には強烈に最大限反抗し続けたが
人生の何かを親のせいになんかしたくなかった
(貧乏とかは親のせいにしたかも…)

まして、成人してから何かをするとき
親のことなんか考えて行動はしなかった

自分は被害者側しか想像しないのが人間だが
いつ加害者側になったっておかしくないご時世
(自分も子どもも含めてね)

今回の事件で親のことを責めるひとは
自分自身がうまく生きてきたひとだろう
逆に同情するひとは、もしかしたら自分も
苦しい経験をしてきたのかもしれない

ひとを責めるのは簡単、
ましてや相手が有名人で、自分とは無縁で、
今まで順調に見えたひとなら余計にね
そしてそれを、ねたみとか嫉みとか言うんだよ

ひとを許すのは難しい、
痛みを想像し、受け入れ、許容するには
自分の経験や想像力、キャパシティが試される

そしてこれ、
被害者への思いとは別のことを言ってるんだよ
それ自体は、絶対に許されることじゃないんだから

そうじゃなくって、
ひとを裁く、ってことを考えてみれば
キリストは娼婦を石打ちにしようとした群衆に言った、
あなた方の中で、罪を犯したことのないものが
一番に石を投げなさい
すると群衆は、一人去り二人去り、誰もいなくなった…

償うことは当然だとしても
どんな場面でも袋叩きには納得いかない
そのために法律があり裁判もあるんだし
人間の理性と理想を信じたい

そういう意味では、
政治家にもね、理性と理想を信じたいけど
こっちはいつも大いに失望させられて
とんでもなく絶望する時代になってやりきれない

そんなこんなで、真っ暗な世の中にならないように
ユーモアも備わっているのが人間なんだからね

今は辛くても、顔を上げて生きていこう、
家族のチカラを信じて、ね、
世の苦しむおかあさんたち、
決して絶対に、あなたのせいなんかじゃないからね


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弱さを認められる人間関係を

2016/05/15 Sun

私は自他共に認める、かなり気が強い人間です
たぶん子どもの頃のいろいろな体験の積み重ねと
持って生まれた性格とが相まって、どんどん加速した、
と、勝手に分析しています

だから、若い頃は
仕事がきついとか、夫婦間がうまくいかないとか、
そういう話題を聞くにつけ

そんなのは自分が選んだこと
嫌ならやめたら??

なんて、普通に思っていたし、
人生は意志の力しだい、って、
本気で信じていました

自分自身の離婚だって、意志の力だったし、
天職と思った仕事を離れたことも、
今の不遇さえも??
自分の意志しだいだと思っていました
(否、そこは今も思っています)

だけどそんな考えに、だんだん変化が出てきたのは
オトナになってからの、数々の出会いでした

特にシングルマザーたちとの出会いは
私に物の見方の多様性を与えてくれました

離婚であったり死別であったり、
シングルマザーになった理由は様々だけど
みな一様に、ひとにはわからない試練を乗り越え、
前に進もうと努力している

ある意味、痛みを共有しているという
言葉のいらない安心感もあって
今までにない出会いでした

ところがそこで、一つの事業が立ち上がり、
不肖私が代表となって、そんなみんなを束ねる立場に…

それは、子どもを抱えて働く者のための在宅ワークの場作りで
そのためのプログラム修了者が安全安心で仕事を受けられるよう
仲介していく仕事でした

そのための一番の課題はメンバーの仕事への熱意です
スキルはすでに、それぞれの人生の中で培われているし
厳しいプログラムを修了しているので問題ないのですが
いちばんの問題は、メンタル面です

実際には、周囲も驚くほどの実力を持ちながらも
本人はその自覚がなく、まったく自信が持てない
せっかくぴったりな仕事がきているのに、誰も手を挙げない
交渉しても相手の言い値で受けたり、タダ働きまで…

そんなひとが多いのは、きっと弱さばかりではなく、
周囲を気遣う気持ちも人並み以上なんだと思います

そんな自信のなさからくる危うさを、
やる気がない、の一言で片付けられはしないのです

仕事なんだから、本気でプロを目指すひとで構成しよう、
という話が出て、実際にそういう方向で動き出しました
でも、その結果、出てきたのは思わぬ離反と
私自身の、もやもやとした思いだけでした

確かに、プロフェッショナルとしての団体を目指し
この社会で食べていくためには、
口を開けて待っているだけの人、
口まで運んだのにそっぽを向く人、
そんな人たちの食べるのを待っていることはできません

だから、そうではなく、意志の力を持つ人のために、
そうでない人は離れていい、となるのは、当然のことでした

ところが私には、さらにもやもやが増してしまったんです

社会は強者だけのものじゃない、という当然のことが
身近な生活では見落とされがちです
政治家や芸能人のスキャンダルには甘くても、
自分たちの小さなコミュニティでは厳しくなる

他人に厳しく自分に甘くしてしまうことは、
実は人間の弱さだし、誰もが聖人君子にはなれないし、
ならなきゃいけないわけじゃない

自信を持てなくたって、周囲が認める力があれば、
積極性がなくたって、声をかければ応えてくれるなら、
それでも仕事をしたい、と、きっちり結果を出してくれるなら、

そんな仲間を大切にしていこう

かくいう私自身が、
うまくいかずに自身喪失に陥ったときに、
支えてくれた仲間だもの

弱い私が、なんでひとの弱さを責めたり、
ましてや切り捨てるなんてできるだろう

そんな思いが湧き上がって、
やっとすっきりしました

仲良しクラブじゃないんだから、
と、責められもしました
だけど、端からはそう見えたとしても、
我々はしっかりと、プロ意識で仕事をしている
それがクライアントさんにわかってもらえれば
外野の声なんてこわくない

そもそも、仲良しクラブじゃいけないんだろうか
そんな思いさえしてきて、

今の仲間と、仲良く、ときにはぶつかってでも、
補い合い、繋がっていければ、それでいい
って、やっと自分の仕事像が見えてきたんです

自分の好きなようにやっていいから、
と言われながらも、あちらこちらの顔を立てて苦しんだ時期を
大丈夫だよ、自分を信じて、と支えてくれた仲間のために、
それを楽しむ自分のために、進むべき道がちょっと見えてきて

弱さを丸ごと飲み込める社会になってほしい、
と、しみじみ思ったのです

ツイッターで見かけたひとことに、

嫌ならやめろ、というのは許されて、
嫌だからやめる、は甘えだと言われる

とありました
本当に矛盾に満ちた世の中です

でも、その、世の中ってヤツを形作ってるのも
我々、弱さを抱えた人間なんだから
きっときっと、
捨てたもんじゃない、
って思えることもあるはず

ほんの少しでも、ひとりひとりが自分の弱さに気づき、
ひとの痛みを組み取れれば、社会っていうヤツも、
もうちょっとだけ、暮らしやすくなるんだと思います

で、それは決して誰かがやってくれる話じゃなく、
今、あなた自身が、そして私自身が、やることなんだよ、
ってことなんですよ



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リセットではなく、踏み越えていこう

2016/03/30 Wed

人生はまったく後悔の連続で、
日々、大きな後悔やら小さな後悔やら


厚着してくれば良かった、
傘を持ってくれば良かった、

そんな日常の取るに足らないことから始まって

あんなこと言わなきゃ良かった、
言い返せば良かった、

なんて、負けん気で悔しがることもあるし

もっと勉強しておけば良かった、
もっと親身になってあげれば良かった、
なんで傷つけるようなこと言ったんだろう、
なんでこんな道を選んできたんだろう…

人生の岐路に立たされるような大きなことまで

人は日々、選択に迫られていて
そしてどの道を選んだとしても、
これがベストだった、と言い切れることはなかなかない、
だって、もう一方の道を選んだ自分は想像するしかないから…

だから、これで良かったんだよ、といくら自分に言い聞かせても
心の奥底で残る、チクチクした思い、
それを後悔と呼ぶとしたら
後悔のない人生なんてありえないでしょう

それを乗り越えようと、ひとは時に一大決心をして新たな道を踏み出す
受験だって留学だって転職だって起業だって、
今の自分から抜け出そうという思いが強ければ強いほど
大きなバネにもなる


以前も書きましたが、
私は暗い暗い中学時代を過ごしました
同級生が誰もいない高校へ進んだ時に、
それこそ一大決心をして、自分を奮い立たせました

人前で話すのも苦手で大のあがり症なのに、
積極的に同級生に声をかけました
きっとみんな、新入学で心細いのはいっしょ、
と思ってハラを括ったのです
大げさだけど、そのくらいの思いがなければ
なかなかひとに声をかけるのも難しい性格でした

その結果かどうかはわかりませんが
孤立するひとはなく(たぶん)
行事も盛り上がり、まとまりのよいクラスになりました

その時、気づいたことは
自己満足であっても、自分は変えられる、ということでした
中学時代の暗い自分、他人から受けた傷も、
その痛みがわかるからこそ、
ひとりでいるひとに声がかけられる

残念ながら、ちょっとやそっとじゃ性格は変えられません
それは思考のクセが染み付いていることもあるし
それこそDNA的なことだってあります

だけど、それとは別に、
行動は変えられます

出不精で外が嫌いであっても、出かけることはできます
電車の中でお年寄りがいて、
声はかけられなくても、さっと席を立つことはできます

だから、人生はリセットじゃない
問題に向き合って乗り越える、なんて構えなくたって、
今までのダメな自分やイヤな過去を踏み越える、
そんな意識でいいと思うのです

少しのことでくよくよするタイプのひとがいます
それは外からではわからない
じっくり話してみて初めてわかることで
そうは見えないから損をしているひともいます

だけどひとはこうして、大なり小なり後悔の連続
ひとがどうこうじゃなく、
くよくよする自分を当たり前と受け止めて

じゃあ、どうしようか、
どうせくよくよするんだから、行きたい方へ行ってみようか、
って、開き直ってもいいんじゃないでしょうか

かくいう私自身、日々後悔の連続で、
トシを重ねるほど、
大昔のイタイ行動まで思い出されて心が塞ぐことがあります

若気の至りだったなぁ、と、その時々は精一杯だったはずでも
正義感だけで突っ走った自分を恥じることもあります

だけどその恥と後悔は、誰に向けてのものなんでしょう
確かに知らずにひとを傷つけることは多いものですが
逆にこちらが大いに気にしていても
相手は全然覚えていなかったり、相手にさえしていなかったり
ひとにはひとの人生があって、
そこまで私の些細な気がかりや後悔に関わっちゃいないんです

だから、恥や後悔にとらわれることはやめて、
否、やめられっこないから、目を背けて、あるいはフタをして、
自分に対して厚かましく生きましょうよ

大物俳優や売れっ子芸人が、本番前に不安になって震える、
なんて話もよく聞くところです
自信なんて本当は誰だってないんです

誰かや何かと比べることをやめて、
厚かましく生きる、
それは決して誰かを傷つけたり踏み台にすることじゃなく
自分自身に遠慮なく生きるということです

恥や後悔でくよくよして思うのは、
それでも生きている自分を認めてあげなくちゃ、
自分くらいは自分を認めてやる、ということ

痛みがわかるものからしか
生まれない優しさもある

自分に優しく、生きていきましょうよ


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もらうばかりでない生き方を

2016/02/28 Sun

だれだって、お得になることは大好きで
クーポン券にアプリ割引、ポイント加算に会員割引、
知らなきゃ損することが多くて
通常料金を支払っているヒトの方が少ないかも

そんなお買い物事情以外でも、
子どもを保育園に預けるときには
正社員だと控除額が少なくて料金が高くなりがちで
確定申告で経費を計上している場合はなにかとお得だけど
あんまり収入を少なく申告すると
ローンなどを組むときには不利になる…

などと、身近な生活でいろんな損得勘定が存在しますよね

実際に我が身を振り返れば、
ハタチで働き始めた頃から、いわゆる自由業で白色申告、
経費はパーセンテージが認められた頃だったので
長らく還付金をいただく立場

子育て中に離婚してからも、
ひとり親の受けられる制度を教えてもらって
児童扶養手当から水道料金の割引、福利厚生の旅行まで
幅広くお世話になり通して、子育てを終えたものです

その間はほかにも、
就学援助や私学助成金、給付型の奨学金、
補助金をいただきながらの就労プログラム参加など
本当に多くの公的な援助を受けてきました

それは、確かに認められた権利ではあるけれど、
当たり前の権利、ということではないと
終わった今、しみじみと思っています

引っ越して税務署の管轄が変わったとき、
パーセンテージが認められずに、厳しい指導が入りました
アドバイザーだった青色申告会の女性が言った言葉が忘れられません

いつか税金を払う立場になれるよう、頑張りましょうね

目からウロコが落ちるとはこのことでした
節税節約と目の色を変えて、
経費のためなら、家事按分とのぎりぎりの領収書も集めていた当時、
個人事業主であっても、社会的な立場として売上を上げて、
しっかりと税金を納める側へ回る、

そんな当たり前の成功を目指すことを忘れて、
否、まったく考えてもみないで
お得に済ませることに汲々として
損得勘定で生きていたんですよね

制度を知り、利用することは大切です
私はその後も、東京都のチャレンジ支援や母子支援金などを利用し
息子は私立大学を出ることが出来ました
(今は息子のお給料から、せっせと返済しています)

たくさんの制度を利用し、恩恵にあずかりつつも
それを当たり前と思うのではなく、返す側に立つことを目標にする、
そのモチベーションは、上昇志向につながります

もらえることを当たり前と思い始めると
はっきり言って、横柄になります
もちろん、そんな人ばかりではないとは思いますが
心のどこかで、もらえないならやらない、という本末転倒、

勉強のためスキルアップのため、と高額をつぎ込んで
ちっとも身につかなかったものもありますが
支援であるからこそ、無駄にしない心構えも重要になります

もらって当たり前、から、もらったからこそ応える、頑張る、
そしてお返しする

社会に与えてもらったことを
社会に貢献して返していく
そんな循環を正しく稼働できれば
負の連鎖はなくなるはず、と、人として信じたい

家が貧乏だから大学へ行けない、とか、
お金がないから夢を諦めた、とか、
言葉にするのは簡単だけど、本当はそうじゃない

それはただ、諦めた理由付けにすぎなくて
自分自身への言い訳でしかないんです

私の仲間には、新聞奨学生で頑張った人が多くいます
自分の置かれた立場や育った環境を恨まず、
自分の持てる力を最大限に発揮して、自分の今を生きる、
その結果が、夢につながっている

そんな夢を実現した人をたくさん知っています

もらえるものはもらおう、
じゃなくて、
そこから一歩踏み出して、
もらったものは、それ以上に返そう
と、志をたかく、
誇りを持って、今はもらおう

たくさんたくさん、与えてもらった私は、
どれだけ頑張ったら社会に還元できるのかはわかりません
遠からずまた、年老いてお世話になる側に回るかもしれないし

それでもやっぱり、元気な今こそ、
たからず、卑下せず、上を向いて進んでいこうと思っています

自分はもらってないよ、なんて思っている人だって
ひとりで生きている人間はいないんだし、
きっとだれかになにかを与えてるんですから



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プロフィール

happonta

Author:happonta
28歳のぶっ飛び長女・25歳社会人長男・末娘は家出中に成人したシングルマザーです…>_<…
小学校受験・中高一貫校受験・大学受験を体験、娘の高校中退や更生も体験しています。家出もね…>_<…
サービスディにはいそいそと映画館通いをしています。
我が道を行く55歳☆
一人株式会社も5年目に突入です♪
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